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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1722号 判決

控訴人 金子金太郎

右訴訟代理人弁護士 曽田淳夫

曽田多賀

被控訴人 上福三

右訴訟代理人弁護士 小玉聰明

北郷美那子

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ、昭和五四年五月一日から右明渡しずみまで一か月金一〇万四〇〇〇円の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを一〇分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

第二項のうち、金員の支払を命ずる部分は、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ、金二七〇万四〇〇〇円及び昭和五四年五月一日から右明渡しずみまで一か月金三一万二〇〇〇円の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、被控訴代理人において、昭和四三年三月下旬頃、控訴人と被控訴人の間で暗黙の裡に、本件土地賃貸借契約について、普通建物の所有を目的とし、期間の定めのないものとする旨の合意をし、仮に右の時期における合意の成立が認められないとしても、昭和四七年三月二五日の契約更新時には、右と同内容の合意が成立したと述べ、控訴代理人において、右主張事実は否認すると述べ、《証拠の成立関係省略》と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

当裁判所は、控訴人がその所有に係る本件土地について昭和三八年八月に被控訴人のために借地法九条にいう一時使用のため借地権(賃借権)を設定したものと認める。その理由は、原判決五枚目裏四行目から六枚目表一〇行目までの理由説示のとおりであるから、これを引用する。

そこで、被控訴人は、本件賃貸借について、貸主控訴人及び借主被控訴人間に昭和四三年三月下旬頃、そうでないとしても、同四七年三月二五日になされた契約更新に際し、いわゆる普通建物の所有を目的とするものに変更する旨の黙示の合意が成立したと主張するので、以下考察する。

引用に係る原判決の理由説示にみるとおり、本件土地には、一時使用のための賃貸借契約の目的に従い、被控訴人がその代表者となって経営する有限会社共栄商会の建具製造販売用の材料置場として、材木の乾燥及び備蓄の用に供する工作物で林場と称するものが設備されていたところ、《証拠省略》によると、被控訴人は、昭和四一年には、右林場設備を亜鉛鋼板葺、周囲トタン板壁、板張床構造の建物に改造し、次いで同四五年には、右改造建物を軽量鉄骨コンクリート床構造の二階建倉庫に改築し、ついに同四九年には、右倉庫にさらに木造板張倉庫を増築して木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建倉庫一棟床面積一階一七三・〇八平方メートル、二階一一八・一九平方メートルのいわゆる普通建物たる本件建物を本件土地上に所有するにいたったことが認められる一方、他方において後記認定のとおり契約更新によって本件賃貸借が継続しているが、しかし、《証拠省略》によると、右の三次に亘る改造及び増改築は、いずれも被控訴人が控訴人の承諾を得ることなくしてほしいままにその建造工事を密行したものであることを認めることができるのみならず、《証拠省略》をあわせると、右のとおり本件土地上の工作物の改造ないし建物の増改築が繰り返し行なわれているにもかかわらず、本件賃貸借の継続更新もまた繰り返し行なわれているが、控訴人は、本件賃貸借は借地権(借地法の保護する借地権)価格相当の権利金の授受がない賃借権即ち一時使用のための賃借権を設定したものであるとの理解ないし認識のもとに、被控訴人に対し、賃貸借の更新に応じ、かつ、権利金の授受がないことによる割高の地代値上げを要求して終始一貫その対応を変えることがなかったし、被控訴人もまた這般の事情を篤と辨え、本件賃貸借に関し右の権利金を支払っていない以上、控訴人の土地明渡要求があれば、立退料などの名目の反対給付は一切求めることができない立場であることを承知していたことが認められる。ちなみに、被控訴人が主張する昭和四三年三月及び同四七年三月当時について、本件土地の借地権(借地法の保護する借地権)価格がどれほどであるかをみるのに、《証拠省略》によると、昭和四三年三月及び同四七年三月にそれぞれ一七四五万円及び三三三二万円相当のものであることが認められるし、《証拠省略》をあわせると、本件土地の賃借料として被控訴人が控訴人に対して支払う坪当りの地代は、昭和三八年八月から二〇〇円、同四三年四月から二五〇円、同四七年四月から四〇〇円、同五一年四月から六五〇円であり、近隣の店舗用宅地のそれに比べて、約二倍の地代額で推移しているが、これとて、権利金即ち借地権価格相当の対価の授受がない土地賃貸借の地代が割高にならざるをえないとして、被控訴人も受容するよりほかなかったことを認めることができる。そして、本件賃貸借の期間終了後の継続更新についてみるのに、《証拠省略》によると、本件賃貸借の契約更新に際し、昭和四〇年八月一八日付、同四七年三月二五日付及び同五一年四月一日付の契約書が作成されているが、いずれも一時使用のため賃貸借契約を締結する契約書であることを冒頭で明らかにしたうえ(そのために、例文印刷の契約書用紙を使用する場合においても、特に「一時使用の土地賃貸借契約書」と題する契約書用紙を選んで作成している。)、本件土地の使用目的を材料置場に限定し、かつ、本件土地上に借主被控訴人が建物その他の工作物を建造することについて、これを一切禁止し、又は、必ず貸主控訴人の書面による承諾を得なければならないこととしていることが認められる。

右にみた認定事実から被控訴人の主張する黙示の合意の成立をうかがう余地はないというべく、ほかに証拠もないから、被控訴人の抗弁は採用しがたい。

控訴人は、本件賃貸借契約は、昭和五三年三月三一日をもって期間満了により終了したと主張し、《当事者》によると、右のとおりの契約の終了が認められる。しかし被控訴人が右期間満了後も引き続き本件土地を使用しているのみならず、さらに同五三年四月から同五四年四月まで賃料(月額一〇万四〇〇〇円)を支払い、控訴人が右の賃料支払いをそのつど収受していることは、控訴人の自認するところであるから、本件賃貸借契約は、すでに認定したとおり一時使用のため賃借権を設定したものでありながら、昭和五三年四月一日以降期間の定めのないものとして存続するにいたったものと解するのが相当である。したがって、控訴人の右主張をそのまま採用することはできないが、控訴人が被控訴人に対して昭和五四年五月三一日到達した内容証明郵便で本件賃貸借解約の申し入れをしたことは当事者間に争いがないから、本件賃貸借契約は同五五年五月三一日限り終了したものというべきである。

ところで、控訴人は、本件賃貸借契約においては、契約終了後の本件土地の明渡しが遅延する場合に備えて、賃料額の三倍相当の損害賠償額の予定を合意している旨を主張し、被控訴人は、後記認定の損害賠償予定条項の存在にもかかわらず、これを争うので検討するのに、前認定事実に弁論の全趣旨をあわせると、本件賃貸借契約は昭和三八年以来ほぼ二年毎に継続更新していることが認められるが、《証拠省略》によると、同四七年及び同五一年の二度の更新契約に限り控訴人の右主張どおりの損害賠償予定条項が不動文字として印刷されている市販の契約書用紙をそのまま使用して契約書が作成されたにとどまり、特に最初の更新契約である同四〇年八月一八日付全文手書の契約書の記載事項には右同旨の賠償条項が存しないことが認められるから、その間特段の事情のないかぎり、右の損害賠償予定条項はいわゆる例文に過ぎないものと解するのが相当である。ほかに右同旨の条項が当事者間で合意されたことを認めるに足りる証拠はない。控訴人の右主張は理由がない。

以上によれば、控訴人の被控訴人に対する請求は、本件建物を収去して本件土地の明渡しを求め、かつ、昭和五四年五月一日以降同五五年五月三一日までは、賃料として、同年六月一日以降右明渡しずみまでは、賃料相当損害金として、それぞれ一か月金一〇万四〇〇〇円の割合による金員の支払を求める限度で認容すべきであるが、その余の部分は、失当として棄却すべきである。

よって、右と異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川幹郎 裁判官 髙橋欣一 菅英昇)

〈以下省略〉

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